せんだい雑記

楽天イーグルス、食べ歩き、日記

父親の存在

ぼくと同様、“お父さんの書いているブログ”を見つけて読んでいたら、「男の子がお父さんの相手をしてくれるのは小学生の頃まで、中学生になったらぜんぜん相手にしてくれなくなる」という記事があった。



ぼくの場合はどうだったかなぁ、と思い出してみる。いや、そんなことはないなぁと思う。かえって中学に入ってからの付き合いの方が増えたような。というか、密度が濃くなった気がする。息子は中学に入ってから野球部に入ったのだが、土日に行われる練習試合には車でよく送迎したものだった。



ぼくも中学のときには野球をやっていたので、野球という共通の話題があったし、練習のない日にはバッティングセンターなどにも二人でよく足を運んだ。親と子供というよりは、先輩、後輩という付き合いだったのかもしれない。こういう関係には母親よりも父親の方がなりやすいと思うのだが、どうだろう。



高校生になったら、やや父親を敬遠する場面が多くなった。飲んで帰ってきた日にはてきめんに嫌な顔をする(笑)。言いたいことを言えずにいた中学の頃と違って、親に対してはっきりと文句を垂れるようにもなった。「お父さんは、●●なところがダメだと思う(嫌いだ)。」とはっきり言ってくれちゃったり。



こうなるとこちらからどんな立派なことを言っても無駄で、「ふん」てな感じで相手にもしてくれない。自分なりの理想のようなものが形成されてきて、それを基準に物事を考えるようになると親、特に父親への評価がシビアになってくるようだ。野球をやめたことも大きいと思う。父親に対する憧れの部分や同じ話題性というものが希薄になっているのが大きい。



もしかすると最初に書いたお父さんブログは、こういう状態を書いていたのかもしれない。そうだとすると、うちの場合はややその時期が遅れていただけということになるのかな。



「お父さん、車で駅まで迎えに来てよ。」

前にも書いたが、息子のアッシーくんになるケースが多くなった。これもそういう表れのひとつ(そういうってどういう…?)。つまり、親を単なる道具としかみていない…みたいな。。でも、相手にはしてもらっているような・笑。